Fanatics:スポーツファンの体験を再定義する巨大ユニコーン企業

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お気に入りのチームの勝利に歓喜し、選手の一挙手一投足に注目する。そんな熱狂的なスポーツファンの体験を、ある企業が根底から変えようとしています。
本記事でご紹介するFanaticsは、単なるスポーツグッズの小売業者から、公式ライセンス商品の製造販売、トレーディングカードや記念品、さらにはスポーツくじやiGamingまでを網羅する巨大エコシステムを構築。ファンのあらゆるニーズに応えるグローバル・デジタル・スポーツプラットフォームへと進化を遂げたユニコーン企業です。

概要

社名: Fanatics, Inc.

国: アメリカ合衆国

設立年: 1995年 (Alan TragerとMitch Tragerによる創業); 2011年 (Michael Rubinによる現体制の基盤構築)

業種: Eコマース

評価額:現状: 310億ドル (2022年12月時点)


評価額の推移:

評価額(米ドル)
201215億
201745億
2020 (8月)62億
2021 (3月)128億
2021 (8月/9月)180億
2022 (3月)270億
2022 (12月)310億


歴史:

出来事
1995Alan TragerとMitch Trager兄弟によりフロリダ州ジャクソンビルで創業
2002最初期のEコマース事業を開始
2011Michael RubinがGSI CommerceのスポーツEコマース事業を買い戻し、Fanaticsとして再編
2012Insight Venture Partners等から1.5億ドル調達、Dreams, Inc.を買収
2016Kitbag (英国)を買収し国際展開を加速
2017SoftBank等から10億ドル調達、Majestic Athleticを買収
2020Vetta Brands (Top of the World) 及び WinCraftを買収
2021グローバル・デジタル・スポーツプラットフォームへの進化を発表、評価額180億ドル到達
2021Fanatics Collectibles, Fanatics Betting & Gaming設立
2022Topps (トレーディングカード大手) 及び Mitchell & Nessを買収、評価額310億ドル到達
2023PointsBet米国事業買収、Fanatics LiveおよびFanatics Events開始

社是: 「すべてのファンの誇りを増幅し、つながりを創造する」

公式サイト: https://www.fanaticsinc.com

企業の強み

Fanaticsがユニコーン企業へと成長し、スポーツ関連市場で圧倒的な存在感を放つ背景には、いくつかの明確な強みが存在します。

第一に、垂直統合(v-commerce)モデルによる卓越した市場対応力です。Fanaticsは、製品の企画・デザインから製造、流通、販売に至るまで、サプライチェーンの大部分を自社で管理するvコマースと呼ばれる独自のビジネスモデルを構築しています。これにより、市場の需要変動への迅速な対応、市場投入までの時間の大幅な短縮、コスト管理の最適化、そして製品品質の担保を実現しています。特に、優勝チーム決定や人気選手の移籍といった「ホットマーケット」の瞬間を捉え、関連商品を即座に提供できるリアルタイムマーチャンダイジングは、ファンの熱狂を商機に変える上で極めて有効です。この機敏な生産体制は、約半数の商品を内製化することで支えられており、ZaraやH&Mといったファストファッション小売業者のアジャイルな供給網戦略から着想を得ています。

第二の強みは、広範かつ独占的なパートナーシップ網です。Fanaticsは、NFL、NBA、MLB、NHL、NCAAといった米国の主要スポーツリーグはもちろん、F1やUEFAなど、世界900以上のスポーツ団体やチームと強力な、そして多くの場合独占的なライセンス契約を締結しています。これらのパートナーシップは、他社が容易に模倣できない公式ライセンス商品の幅広い品揃えを可能にし、市場における強固な競争上の優位性、いわば経済的な「堀」を築いています。さらに、一部のリーグや選手協会はFanaticsに資本参加しており、これにより双方の戦略的利益が一致し、単なるライセンス供与を超えた強固な協力関係が構築されています。この深いレベルでの連携は、Fanaticsをスポーツ産業のエコシステムに不可欠な存在として位置づけています。

第三に、最先端テクノロジーとデータドリブン戦略の徹底です。Fanaticsは「テクノロジーを駆使したアプローチ」を掲げ、Eコマースプラットフォーム、モバイルソリューション、そして高度なデータ分析に重点的に投資しています。1億人を超える世界のスポーツファンの巨大なデータベースは、単なる顧客リストではなく、戦略的資産として活用されています。このデータを基に、パーソナライズされたマーケティング施策の展開、顧客体験の継続的な最適化、そしてコレクティブルやベッティングといった新規事業分野への効果的なクロスセルを推進しています。例えば、Salesforce Marketing Cloudを用いて常時27,000ものアクティブなマーケティングキャンペーンを展開し、AIを活用して消費者からの収益機会を最大化する取り組みも行われています。このデータ活用能力は、新規事業のリスクを低減し、成長を加速させる原動力となっています。

最後に、これら全ての強みを統合する、包括的なデジタル・スポーツプラットフォームとしてのエコシステム戦略が挙げられます。Fanaticsは、中核のコマース事業で築いた顧客基盤とブランド力をテコに、コレクティブル、ベッティング、ライブコマース、イベントといった多様なサービスを戦略的に展開し、ファンがスポーツに関連するあらゆる活動を一つのプラットフォーム上で完結できるような、エンドツーエンドのデジタル・スポーツ体験の提供を目指しています。このエコシステム戦略により、ファンのエンゲージメントと支出におけるより大きなシェアを獲得し、顧客生涯価値の最大化を図ることで、スポーツ産業における支配的なプラットフォームとしての地位を確固たるものにしようとしています。

事業紹介

Fanaticsは、スポーツファンのあらゆる接点をカバーするグローバル・デジタル・スポーツプラットフォームの構築という壮大なビジョンのもと、中核であるコマース事業を揺るぎない基盤としつつ、関連性の高い複数の新規事業へと戦略的にその版図を拡大しています。この多角化戦略は、ファンが「購入し(Buy)、収集し(Collect)、賭ける(Bet)」という主要な活動を、Fanaticsが提供する一つの統合されたエコシステム内でシームレスに体験できるようにすることを究極の目標としています。

Fanatics Commerce(コマース事業) は、Fanaticsの創業以来の中核事業であり、現在も最大の収益部門です。NFL、NBA、MLB、NHL、NCAAといった米国の主要プロ・大学スポーツリーグや、世界中の主要サッカーリーグ、F1など、多岐にわたるスポーツ団体の公式ライセンス商品の企画・デザイン、製造、そして販売までを一貫して手掛けています。これには、ジャージ、Tシャツ、帽子といったアパレル製品から、マグカップやキーホルダーなどの記念グッズまで、幅広いアイテムが含まれます。独自の強みであるvコマースモデルを駆使し、オンラインストア(Fanatics.comなど)と、スタジアム内店舗や大手小売店内でのポップアップストアといった実店舗の両チャネルを通じて、世界中の熱心なスポーツファンや、特定のチーム・選手を応援する一般消費者に商品を届けています。特筆すべき事例としては、Nikeとの大型提携により、NFLおよびMLBの公式ファンギアに関する独占的な製造・小売権を獲得したことが挙げられ、このコマース事業単体での年間売上は50億ドルを超えると報告されています。

Fanatics Collectibles(コレクティブル事業) は、2021年に設立された比較的新しい事業部門ですが、急速にその存在感を増しています。物理的なトレーディングカードはもちろん、近年注目を集めるNFT(非代替性トークン)などのデジタルトレーディングカード、選手のサイン入りユニフォームや実使用アイテムといったスポーツ記念品、その他のデジタル資産のライセンス取得、製造、デザイン、販売を行っています。ターゲット顧客は、伝統的なスポーツトレーディングカードのコレクターから、スポーツ記念品を投資対象と見る層、そして新しい形のデジタルコレクティブルに関心を持つ若い世代のファンまで幅広いです。この分野での大きなマイルストーンは、2022年における老舗トレーディングカードブランドToppsの買収です。これにより、Fanaticsはトレーディングカード市場における影響力を飛躍的に高めました。さらに、MLB、MLBPA(MLB選手会)、NBA、NBPA(NBA選手会)、NFLPA(NFL選手会)といった米国の主要プロスポーツリーグおよび選手会と、トレーディングカードに関する長期の独占契約を締結しており、今後の市場支配が一層強まることが予想されます。

Fanatics Betting & Gaming(スポーツくじ・ゲーミング事業) も2021年に設立され、成長著しいスポーツくじおよびオンラインカジノ(iGaming)市場への本格参入を果たしました。オンラインプラットフォームと、一部地域では実店舗を通じてスポーツくじサービスを提供し、将来的にはオンラインカジノゲームの展開も視野に入れています。この事業の強みは、Fanaticsがコマース事業やコレクティブル事業を通じて既に保有している広範な顧客データベースと、確立されたブランド力を最大限に活用できる点にあります。これにより、スポーツの試合結果に賭けることを楽しむ既存ファンや、オンラインカジノゲームに関心のあるプレイヤーに対して、パーソナライズされた魅力的なベッティング体験を提供することを目指しています。2023年には、オーストラリア発のブックメーカーであるPointsBetの米国事業を買収し、巨大な米国スポーツくじ市場での事業展開を加速させています。一部の州では既にサービスを開始しており、例えばニューヨーク州ではサービス開始から短期間で急速な市場シェアの成長を見せるなど、そのポテンシャルの高さを示しています。

Fanatics Live(ライブコマース事業) は、2023年に開始された新しい取り組みで、Eコマースの次なるトレンドとして注目されるライブコマースの領域に特化したプラットフォームです。主なコンテンツとしては、トレーディングカードの開封セッション(「ブレイク」と呼ばれ、複数の参加者で高価なパックやボックスを共同購入し、開封結果をライブで共有するエンターテイメント性の高いイベント)、限定版アパレルやコレクティブルアイテムのドロップ販売(数量限定・時間限定での販売)、そして人気インフルエンサーやクリエイターによるライブ配信などが特徴です。ターゲットは、トレーディングカードコレクターの中でも特にコミュニティ感を重視する層や、インタラクティブなオンラインショッピング体験、そして他では手に入らない限定商品を求める熱心なファンです。

Fanatics Events(イベント事業) も2023年に設立された事業で、ファンにリアルな体験を提供する領域へと進出しています。世界有数のエンターテイメント・スポーツ・ファッション企業であるIMGとの戦略的パートナーシップを通じて、スポーツファンやコレクター向けの体験型大規模イベントをグローバルに企画・開催することを目指しています。これにより、オンラインでの接点だけでなく、ファンが実際に集い、情熱を共有できる場を創出します。具体的な事例としては、WWE(ワールド・レスリング・エンターテイメント)最大の祭典であるWrestleManiaの公式ファンイベント「WWE World」をIMGと共に開催したことが挙げられます。

これらの多岐にわたる事業は、個別に展開されるだけでなく、将来的には「Fanaticsアプリ」を中心的なハブとして有機的に連携し、ファンが「購入し(Buy)、収集し(Collect)、賭ける(Bet)」という一連の体験を、よりシームレスに、より深く楽しめる統合されたエコシステムを形成することを目指しています。このエコシステムこそが、Fanaticsが目指すグローバル・デジタル・スポーツプラットフォームの核心と言えるでしょう。

創設者

Fanaticsの今日の成功と、スポーツ産業におけるその革新的な地位は、一人の強力なリーダーシップとビジョンによって大きく方向づけられました。その中心人物が、現CEOであるMichael Rubin (マイケル・ルービン)氏です。

Rubin氏は、幼少期から類稀なる起業家精神を発揮していました。伝えられるところによれば、12歳で自宅の地下室でスキーのチューニングショップを始め、14歳には正式な店舗「Mike’s Ski and Sport」を開業するに至りました。その後も、スポーツ用品のクローズアウト(在庫処分品販売)会社KPR Sportsを立ち上げて成功を収め、Eコマースの黎明期にはGSI Commerceを設立。GSI Commerceは数十億ドル規模の企業へと成長し、2011年に24億ドルでeBayに売却されました。しかし、Rubin氏のスポーツビジネスへの情熱はそこで終わりませんでした。彼はeBayへの売却後、GSI Commerceが手掛けていたスポーツ関連のEコマース事業を戦略的に買い戻し、これを母体として2011年に現在のFanaticsの基盤を築き上げたのです。この決断が、Fanaticsが単なる小売業者からグローバル・デジタル・スポーツプラットフォームへと変貌を遂げる出発点となりました。

Rubin氏のFanaticsにおける最大の貢献は、伝統的で変化の遅かったスポーツライセンス商品業界に、vコマースという革新的なビジネスモデルを導入したことです。これにより、商品の企画開発から製造、物流、販売に至るまでのサプライチェーン全体を垂直統合し、市場のニーズにリアルタイムで応える俊敏な体制を構築しました。このビジネスモデルを武器に、Topps(大手トレーディングカード会社)、Mitchell & Ness(老舗スポーツアパレルブランド)、PointsBet米国事業(スポーツくじ事業者)など、数々の戦略的M&Aを次々と成功させ、Fanaticsの事業領域をトレーディングカードや記念品といったコレクティブル分野、さらには成長著しいスポーツくじ市場へと劇的に拡大させました。

彼のビジョンは、「スポーツファンの体験全体を再構築する」という壮大なものです。Fanaticsの企業ミッションである「すべてのファンの誇りを増幅し、つながりを創造する」 は、まさにRubin氏のこのビジョンを体現していると言えるでしょう。彼は、ファンが愛するチームや選手とより深く、多様な形で繋がれる世界の実現を目指しています。

ビジネスにおける成功だけでなく、Rubin氏は社会貢献活動にも情熱を注いでいます。刑事司法制度改革を推進する団体「REFORM Alliance」の共同議長を務めるほか、新型コロナウイルス感染症のパンデミック下においては、著名人やスポーツ界を巻き込んだ大規模なオンラインチャリティオークション「ALL IN Challenge」を立ち上げ、食糧支援のために6000万ドルもの資金を集めるなど、その影響力は社会の広範な領域に及んでいます。

一方で、Fanaticsの物語の原点には、Alan Trager (アラン・トレーガー) 氏と Mitch Trager (ミッチ・トレーガー) 氏の兄弟がいます。彼らは1995年、フロリダ州ジャクソンビルにて、Fanaticsの直接の前身となるスポーツアパレル小売店「Football Fanatics」を創業しました。この小さな一歩が、後にMichael Rubin氏によって世界的な企業へと飛躍するFanaticsの最初の種を蒔いたのです。Trager兄弟による地域密着型の小売事業から、Rubin氏が率いるテクノロジーとデータを駆使したグローバルプラットフォームへの進化は、Fanaticsの成長物語のダイナミズムを象徴しています。

将来性

Fanaticsは、これまでの驚異的な成長を背景に、今後さらなる飛躍が期待されています。その将来性を占う上で、いくつかの重要なポイントが挙げられます。

まず、株式公開(IPO)の可能性です。以前から市場ではFanaticsのIPOに対する期待が高く、同社幹部も中長期的にはIPOを目指す意向を示唆しています。IPOが実現すれば、さらなる成長資金の獲得やブランド価値の向上、そして優秀な人材の確保に繋がり、事業拡大を一層加速させる可能性があります。

次に、新規事業の成長とグローバル展開の深化です。特に、スポーツくじ市場は米国各州で合法化が進んでおり、巨大な成長ポテンシャルを秘めています。Fanatics Betting & Gamingがこの市場でどれだけシェアを拡大できるかが注目されます。同様に、トレーディングカード市場もデジタル化の波と共に活況を呈しており、Toppsを傘下に収めたFanatics Collectiblesの成長も期待されます。また、ライブコマースやイベント事業といった新たなファンエンゲージメントの形も、今後の収益の柱へと育つ可能性があります。これらの事業の成功には、ヨーロッパやアジアなど、特にサッカー人気の高い地域への国際展開の強化も不可欠です。

しかし、その道のりは平坦ではありません。Fanaticsの市場支配力が高まるにつれ、独占禁止法上の懸念や、競合他社からの訴訟リスクも顕在化しています。多角化した事業ポートフォリオを効率的に管理し、それぞれの事業で確実に収益を上げていくこと、特に規制が厳しく競争も激しいベッティング市場での成功は大きな課題となるでしょう。

Fanaticsの将来性は、個々の事業の成否だけでなく、それらをいかにシームレスに統合し、ファン一人ひとりから得られる顧客生涯価値を最大化できるかにかかっています。真の「ワンストップ・プラットフォーム」として、コマースで購入したファンが自然とコレクティブルに興味を持ち、さらにベッティングへと関心を広げるような、滑らかな顧客体験を創出できるかが試されます。この統合されたプラットフォーム戦略の成否が、Fanaticsの持続的な成長と、スポーツ産業全体におけるその影響力を左右する鍵となるでしょう。

まとめ

Fanaticsは、フロリダの小さなスポーツグッズ小売店から出発し、Michael Rubin氏という稀代の起業家の強力なリーダーシップのもと、vコマースという革新的なビジネスモデル、主要スポーツリーグとの独占的パートナーシップ、そしてテクノロジーとデータ活用を駆使することで、ライセンス商品のEコマース市場を席巻しました。しかし、その野心は留まることを知らず、トレーディングカード、スポーツくじ、ライブコマース、イベント事業へと果敢に事業領域を拡大。今や、ファンのあらゆるニーズに応えるグローバル・デジタル・スポーツプラットフォームへと劇的な変貌を遂げたユニコーン企業です。

その成功の鍵は、単に個々の事業が優れているだけでなく、それらを連携させて強力なエコシステムを構築し、顧客体験全体を向上させようという明確な戦略にあります。Fanaticsの物語は、伝統的な産業がいかにしてテクノロジーと顧客中心のアプローチによって破壊的革新を遂げられるかを示す、現代ビジネスにおける鮮烈なケーススタディと言えるでしょう。

Fanaticsのアジャイルな事業展開、大胆な多角化戦略、そして野心的なビジョンは、自社の事業成長やイノベーションを考える上で多くの示唆を与えてくれるはずです。Fanaticsの今後の動向は、スポーツ産業の未来を占うだけでなく、プラットフォームビジネスの可能性と課題を映し出す鏡として、引き続き大きな注目を集めることでしょう。彼らが次にどのような一手で「ファンダムの未来」を定義し、私たちを驚かせてくれるのか、期待は尽きません。

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